加藤 晶子
明治アニマルヘルス株式会社 営業部 販売支援課
AMR Surveillance Laboratory(AMRSL)客員研究員
河合 一洋 氏
麻布大学 獣医学部 教授
AMR Surveillance Laboratory(AMRSL)担当教員
日々の暮らしのなかで、犬や猫などのペットを飼ったり、畜産物を消費したり──。私たちの生活には動物の存在が欠かせません。しかし今、こうした身近な動物の健康をおびやかす「薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:AMR)」が、世界的な課題になっているのをご存じでしょうか。
人や動物が感染症にかかったとき、その治療に抗菌薬を使いますが、従来の抗菌薬が効かない薬剤耐性菌が世界中で増え、感染症の予防や治療が困難になるケースが多発しているのです。このままでは、人や動物の健康はもちろん、私たちの安全・安心な食品、社会経済、環境にも深刻な影響が生じる可能性があります。
こうしたなか、人と動物の抗菌薬を長年にわたって製造・販売している明治グループは、グループをあげてAMR問題に向き合っています。動物用医薬品を製造・販売する明治アニマルヘルス株式会社は、麻布大学との長年の共同研究を経て、2021年にAMR対策を目的とした研究を行う「AMR Surveillance Laboratory」を設置しました。AMR研究に携わる明治アニマルヘルスの加藤と、麻布大学獣医学部の河合教授に、AMRや研究内容について話を聞きました。
畜産の現場に忍び寄る、耐性菌の脅威
細菌は、常に変異し続ける生き物です。感染症の治療において新たな抗菌薬が開発されると、その抗菌薬に耐性を持つ細菌が現れるため、薬剤耐性(AMR)の問題は簡単に解決できるものではありません。
抗菌薬は人だけでなく、ペットや家畜、農業においても使われており、そのすべてにおいて耐性菌は出現しています。また、耐性菌は人・動物・環境を行き来するため、AMRは、人・動物・環境にかかわる複合的な問題です。
AMRに対し、何も対策がとられなかった場合、2050年にはAMR関連の死亡者数は世界で毎年1,000万人に上り、がんの死亡者数を上回るとされています。世界的な大きな課題として、世界保健機関(WHO)をはじめ日本を含めた各国は、AMR対策に注力しています。
明治アニマルヘルスの加藤は、約20年にわたり家畜臨床検査に携わりながら、一人の研究員としてAMRに向き合ってきました。全国の農場や獣医師などから届く検体を検査・分析し、病気の原因となる細菌などを調べるなかで、「今や耐性菌は決して珍しい存在ではありませんし、身近な存在であると実感しています」と話します。
「現代のようにグローバル化が進んだ社会では、人・動物・環境すべてにおいて耐性菌の広がりは避けられません。このままでは、ほとんどの抗菌薬に耐性を持つ『スーパーバグ』と呼ばれる超多剤耐性菌も広がり、感染症治療が難しくなると懸念されています」(加藤)
産学連携で、AMRの突破口を探る
抗菌薬は、正しい診断の下に必要時のみ適正な方法で慎重に使うことが重要です。過剰または過少に使うと、その薬が効かない耐性菌の出現を招くことにつながってしまいます。そのため、明治アニマルヘルスは以前から抗菌薬の適正使用の啓発に注力してきました。また、AMRに配慮し、抗菌薬の特性を活かせる製剤開発も行っています。そして、より踏み込んでAMR対策に取り組もうと、麻布大学獣医学部と連携し2021年、同大学内に「AMR Surveillance Laboratory(AMRSL)」を設立し、共同研究をさらに進めています。
AMRSLを率いるのは、産業動物の臨床獣医師でもある麻布大学獣医学部の河合一洋教授です。共同研究を始めた背景には、両者の強い思いがあったと言います。
「酪農の現場でよく見られる病気の一つに、牛の乳房に微生物が感染して炎症を起こしてしまう乳房炎という病気があります。治療の際には抗菌薬を使うため、耐性菌が増えて抗菌薬が効かなくなってしまっては、牛の健康にも酪農家の生産・経営にも大きなダメージとなります。細菌由来の家畜の病気は、乳房炎以外にも多くあるため、私たち獣医師にとってAMRは、以前から避けて通れない大きな課題でした。ですから、同じようにAMRに危機意識を持つ明治アニマルヘルスとは意気投合しました。産学が手を組めば、AMR対策をより強力に推進でき、社会に貢献できるはずだと。AMRSLは、そんな強い意志から生まれた研究施設なんです」(河合教授)
耐性菌の「見える化」で、指標づくりに貢献
AMRSLでは、明治アニマルヘルスと河合教授がそれぞれ長年行ってきた検査・研究を融合した活動を行っています。
ミッションは主に2つあります。1つ目は家畜臨床検査です。牛や豚など家畜の病気の原因を調べる検査で、明治アニマルヘルスが長年取り組んできたもの。全国各地の農場や獣医師から受け取った検体に対し、細菌検査や遺伝子検査、ウイルス検査などを実施して、原因や有効薬の情報をまとめ、営業担当者を通して生産者や獣医師の皆さんに提供するという業務です。2つ目は、その家畜臨床検査で集まったデータを基に、AMRへの対応策を探る研究業務です。
河合教授は「AMR対策を検討するには、家畜の膨大な検体が必要」と言い、次のように続けます。
明治アニマルヘルスには全国の農場とのネットワークがあるので、この強みに大学の研究機能をかけ合わせることで、大きなシナジーが生まれます。(河合教授)
「これまでにも、全国から集まる検体の耐性菌を調べ、地域ごとの耐性化傾向を可視化することに成功しています。どの地域で、どの薬剤に対する耐性化傾向が強いのか。こうした『耐性化傾向の見える化』を進めることで、どの抗菌薬をどのように使うのが有効なのかを現場に伝えることができ、抗菌薬の適正使用を支える基盤づくりに役立ちます」(河合教授)
また、長年、動物用抗菌剤研究会※が取り組んでいる抗菌薬の慎重使用の指標づくりにAMRSLも参画。2025年には動物用抗菌薬の感受性判定基準を策定し、その研究結果をもって動物用抗菌剤研究会のホームページに評価機関としてAMRSLの名が掲載されました。
「明治アニマルヘルスの検査データを基にしたAMRSLの研究が認められ、長年、AMRに向き合い続けてきた一人の研究員として、とてもうれしい出来事でした。産学連携だからこそ実現できた成果だと思います」(加藤)
※動物用抗菌剤および薬剤耐性菌に関する研究と知識の普及を通じて、動物・公衆衛生の向上と抗菌剤使用の適正化を図り、畜産・水産振興に寄与することを目的として活動する団体(同研究会HPより)
「ワンヘルス・アプローチ」で、動物と人の健康を守りたい
すべての感染症の半数が、動物から人、人から動物へ伝播可能な感染症(人獣共通感染症)です。つまりそれだけ動物と人の間で、病原体となる細菌や耐性菌が行き来しやすいということです。また、耐性菌は動物・人の間だけでなく、環境などを通じても伝播することが分かっています。このため、AMRに対しては、人・動物・環境の分野が一体となって取り組む「ワンヘルス・アプローチ」という概念が重要であると国際的に提唱されています。
明治グループは1946年に抗菌薬であるペニシリンの製造・研究を始め、以降、人と動物の抗菌薬を製造・販売し続けています。長年にわたって抗菌薬と真摯に向き合ってきた企業グループとして、獣医療分野では明治アニマルヘルスが、医療分野ではMeiji Seikaファルマ株式会社が、AMR問題に挑み続けています。
河合教授は、「人と動物の両面からAMR問題に取り組んでいる企業グループは、とても貴重」と話します。
「ワンヘルス・アプローチの視点で対策を進めることができるので、大きな可能性があります。AMRSLでは引き続き明治グループとの産学連携を強化し、知見を共有しながら研究で成果を出していきたいと思います。それが私たちの使命です」(河合教授)
加藤も、「AMRSLの取り組みを、もっと社会に還元していきたい」と意気込みます。
「細菌は変異し続けるので、AMR対策に終わりはないのかもしれません。でも、耐性菌の増加を抑えるために、できることはまだまだあるはずです」
家畜の検査・研究を通して動物の健康を守ることに、これからも力を尽くしていきます。そのことが、人や社会の健康にもつながっていくと思っています。(加藤)
人・動物・環境がともに健やかである未来へ。明治グループのAMRへの挑戦は、これからも続いていきます。