2020年 ステークホルダー・ダイアログ

サステナビリティで
変革をおこす
サステナビリティで変革をおこす
  • 執行役員 サステナビリティ推進部長松岡 伸次
  • 高崎経済大学経済学部教授水口 剛氏
  • 取締役 専務執行役員 CSO古田 純
  • サステナビリティ推進部 企画G長山下 舞子

トップからの強いメッセージと長期的なビジョンの発信

古田

2019年10月に、明治グループ全体でサステナビリティ活動を加速させるために、明治ホールディングス内にサステナビリティ推進部を新設しました。そして私は2020年6月に新たに導入されたCSO(チーフ・サステナビリティ・オフィサー)として明治グループのサステナビリティ活動全体を俯瞰する役割を担っています。新たな推進体制が構築されたことにより、グループ全体で機敏に動けるようになったと思っています。

明治グループのサステナビリティへの取り組みは、国内外のサステナビリティ先進企業と比べると、以前は周回遅れの状況でした。しかし2018年の「サステナビリティ2026ビジョン(以下2026ビジョン)」策定以降は、設定したそれぞれのテーマに対して着実に結果を出すことができて、現在はなんとかトップ集団の背中が見えてきました。来年度から始まる「2023年度中期経営計画」の中では、国内トップ集団に入れるように取り組みを一層加速させます。

水口

トップ集団の背中が見えてきたのは良いことですが、さらにトップ集団を超えていかなければいけませんね。

古田

そうですね。国内のトップ集団を超えるという点では、「2026ビジョン」の最終年度には世界のトップ集団に追いつくという目標を掲げたいと思っています。我々がベンチマークしているのは、海外食品業界における先端企業です。彼らのサステナビリティに関する取り組みレベルは非常に高く、追いつくのは簡単ではありませんが、そういった意気込みで頑張っていきます。

水口

ダノンやユニリーバなどはこの分野の最先端企業です。最近、サステナビリティガバナンスという考え方が提唱されていますが、こうした企業と日本企業の一番の違いはトップのサステナビリティに対するコミットメントです。

以前、ある会場で当時ユニリーバのトップだったポール・ポールマン氏の講演を聞いたことがあります。大変情熱的で、説得力がありました。自分の言葉で話しますし、まるで環境NGOの話のように強い使命感に溢れ、彼の存在が企業価値につながっていると感じました。サステナビリティガバナンスをうまく機能させるためには、一つはトップの対外的な発信力、もう一つは2030年や2050年など、より長期的なビジョンを掲げることが鍵だと思います。

古田

その通りですね。我々も2021年には環境の取り組みについて2050年に向けた長期ビジョンを掲げられるように、現在検討を進めています。

水口 剛氏

水口 剛氏
高崎経済大学 経済学部教授

プロフィール
高崎経済大学 経済学部教授
筑波大学卒。ニチメン株式会社、英和監査法人等をへて、1997年高崎経済大学経済学部講師、2008年4月より現職。環境省「グリーンボンド・グリーンローン等検討会」座長、「ポジティブインパクトファイナンスタスクフォース」座長、金融庁・GSG国内諮問委員会共催「インパクト投資勉強会」座長などを歴任。主な著書に『サステナブルファイナンスの時代―ESG/SDGsと債券投資』、『ESG投資―資本主義の新しいかたち―』、『責任ある投資―資金の流れで未来を変える―』(環境経済・政策学会論壇賞受賞)など。

食品産業はESG課題の宝庫

水口

明治グループが携わっている食品業界はESG課題の宝庫です。まず、原材料のサプライチェーンに関してパーム油の問題があります。パーム油には原産地で熱帯林や泥炭地が開拓されてしまうリスクがありますし、児童労働や強制労働が行われているリスクもあります。対策の第一歩はRSPO認証だと思いますが、明治グループがRSPO認証パーム油100%になるのはいつ頃でしょう。

古田

2023年度までに100%代替することが目標です。今年度は60%程度まで進捗する見込みなので目標は達成できると思います。しかしながら、投資家やNGOからは搾油工場までのトレースをはじめとした情報開示のリクエストが増えているので、パーム油についてはさらに踏み込んだ取り組みを進めていくつもりです。

松岡

現在のRSPO認証取得状況は、パーム油に関連する工場が国内に約20工場あり、そのうち11工場で認証を取得しました。2023年度の100%代替に向け、2022年度中に全ての工場で認証取得完了を目指し、関係部署のネジを巻いています。この他にもトレーサビリティの推進や調達ガイドラインの改訂も進める予定です。

水口

そうですね、RSPO認証で十分というわけではなく、搾油工場までのトレーサビリティが必要というのがこの分野のNGOの立場だと思います。森林問題に詳しいNGOと定期的に、かつ積極的に対話して連携することも重要です。彼らは現地にもネットワークがありますから強い味方になると思います。

松岡

いくつかのNGOとエンゲージメントを実施する中で、当社の調達ガイドラインに NDPE(No Deforestation, No Peat ,No Exploitation)方針を加えるよう助言を頂いており、これについても検討を進めています。

水口

もう一点、アマゾンの森林火災に関連してブラジル産の大豆が問題となっています。明治グループの大豆の調達はどうでしょう。

山下

大豆については、2020年4月に主要なサプライヤーに対してアンケートを実施しました。今後どういった対応が必要か現状把握を進めています。

水口

アマゾンの森林火災は、大豆や畜産用の農地開拓のために農民が火をつけることが原因の一つと言われています。特にヨーロッパの投資家はこの点を問題視していますので、ブラジルの農産物の輸入はリスクだと思います。また、大豆に限らず、気候変動の影響により農産物の適地も変わってきます。すべての原材料の産地の洗い出し、水ストレスなどのチェックも必要です。TCFDでのシナリオ分析はされていますか。

松岡

今年度、乳原料と感染症についてはシナリオ分析を行いました。気候変動の観点からも持続可能な原材料の調達は重要な課題だと考えています。

抗生物質と農薬―明治グループならではの情報発信―

水口

乳原料に関連して、ESGの観点から論点になるのが畜産での抗生物質の使用です。明治グループは薬品事業もあり、薬剤耐性菌(AMR)についても取り組んでいるようですが、AMR対策は特に重要だと考えています。欧米では、抗生物質の約8割が動物に使われているという研究データがあります。成長促進や予防目的で牛・豚・鶏に使うケースが多く、そこで薬剤耐性菌が生まれる可能性があります。投資家の間では畜産に関係する企業への投資は、抗生物質がリスクになると捉えているようです。明治グループは薬を作る側でもあります。畜産での抗生物質の使われ方を見るうえではいいポジションなので、よく確認されるといいですね。

松岡

そうですね。私たち乳業メーカーは生乳を受け入れる段階で抗生物質の有無をチェックしており、検出されると受け入れませんので、生産者も抗生物質の使用には非常に慎重になっています。牛が乳房炎になったときには抗生物質で治療せざるを得ないので、治療中は隔離して、搾乳した生乳は残念ながら廃棄処分しています。

水口

このようにお話を聞く機会があればよいのですが、外部の人間からはわかりにくい部分なので、乳原料の仕入れと抗生物質の生産の両方に関わる明治グループだからこそ、詳しい情報を発信するといいのではないでしょうか。受け入れ段階で残留していないだけでなく、生産段階でも日本では予防目的や成長促進剤としての利用は全くないのか、あるとすればどの程度なのか。例えば「日本における抗生物質の流通と利用」というテーマで、人間と動物に使われる割合や使用用途などがわかる調査レポートを発行されると良いと思います。海外の投資家にはインパクトがあるはずですので、英語でも開示するといいですね。

古田

確かに、抗生物質や我々が調達している生乳の安全性がわかるレポートがあるといいですね。

水口

さらに、今後論点になりそうなのが農薬です。私は農薬の全てを否定しませんが、2020年3月にEUが欧州グリーンディールの一環として「Farm to Fork戦略」を公表し、2030年までに化学農薬の使用量を50%削減する方針を示しました。農薬は生態系を破壊するリスクがあるからです。従来の農薬の使用量を減らすか、生物農薬に転換する戦略もある中、農薬事業も展開している明治グループにおける生物多様性と農薬の関係も整理する必要がありそうです。

古田

農薬によってはその成分や使い方によって生態系に悪影響を与えてしまうことは認識しています。明治グループの主力商品で1975年に発売された「オリゼメート」は稲のイモチ病の薬で、植物の防御機構を活性化して病害から守る効果があり、環境に対する安全性は高いものです。他にも、ある特定の害虫だけに作用して、ミツバチなどそれ以外の生態系には影響しない農薬もあります。こうした生態系や環境に配慮した農薬を開発し展開することで、農家の方々の安定的な生産と生態系の保全の両方に貢献できればよいと考えています。また、生物多様性についてはサプライチェーン全体で取り組むという考えに基づき、2020年10月に生物多様性保全活動ポリシーを制定しました。

水口

生物多様性に関しては、IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の2019年のレポートによれば、現在約100万種が絶滅の危機にあるといいます。これは地球の長い歴史の中で6番目の大量絶滅にあたるそうです。主要な原因は気候変動、土地や海の利用の変化、汚染、外来種の侵入、直接採取の5つです。中でも土地利用の変化と汚染は農業と密接に関係します。食品会社はサプライチェーンが農業に関わりますし、明治グループの場合は医薬品や農薬にも関わることから、生物多様性戦略を包括的に捉えることが必要です。農薬についても抗生物質と同様に専門性が高い内容ですから、生態系に配慮した農薬があるのであれば、業界内の情報にとどめず、広く社会にアピールするとよいと思います。例えば「明治グループの生物多様性に対する考え方」という冊子などで、農薬問題への解決策を打ち出してはいかがでしょうか。もし生態系を破壊しない農薬が可能なら画期的ですし、そこにソリューションを見つけられれば大きなビジネスチャンスにもつながると思います。

山下

農薬事業に携わっているメンバーは、インドなど直接現地に行って稲作農家の方々とのディスカッションを通して、農薬の使用量を抑えながらの収量アップに取り組んでいます。

水口

そうなると、明治グループのビジネスドメインも単に「農薬を作る会社」ではなく「農業をサステナブルにする会社」にした方がいいですね。「農薬=悪いモノ」という印象を持たれてしまうことも少なくありません。「サステナブルアグリカルチャーを推進する会社」と定義し直して、農薬以外でも収益を獲得する仕組みに変えていくといいと思います。

加速する女性活躍と働き方改革への期待

水口

最後に、働き方などもサステナビリティの大きな課題です。明治グループのトップ層は男性が多い印象ですがいかがでしょうか。

古田

女性の管理職比率を2026度年までに10%にする目標を掲げていますが、進捗は遅れていて、取り組みを加速化していく必要があります。経営層も十分認識していますが、現行の人事制度を踏まえた運用なので、多少時間がかかっています。

水口

女性の管理職が少ないのには理由があります。それは今までの日本企業の多くが、勤務時間や職種、勤務地について、際限なく受け入れる価値観でないと昇格できない仕組みだったからです。しかし、このコロナ禍でリモートワークが広がり、人々の働き方に対する考え方も変わりました。今は日本の働き方を変えるいい時期です。昔ながらの働き方を女性に強要していては、女性の活躍は決して広がらない。同一労働、同一賃金と言っても、同一労働できる人ばかりではない。難しいテーマですが、会社への貢献が評価される仕組みにしたいですね。

山下

女性が背負いがちな子育てや親の介護など、仕事をしながらどのようにやりくりしていくかを、みんなが自分ゴトとして考えていく時だと思いますがいかがでしょうか。

水口

そうですね。子どもが熱を出したとき、男性社員にもちゃんと帰りなさいという会社になれるか。育休を取得する期間を見ても、女性の場合は保育園が見つかるまでなど、比較的長く休む方が多いのに対し、男性では半年も休む人はめったにいません。育休の取得率だけでなく、男女の取得期間の差は一つの指標になると思います。

松岡

それぞれの事情に合わせて、時差出勤やテレワークなども常態化した方が働きやすいと思います。

水口

明治グループは食品分野のリーディングカンパニーとして、健康や安全、環境、人権まで幅広い課題があって大変だと思います。一方、だからこそリーダーシップを発揮されれば社会を変えるきっかけにもなるはずです。せっかく良い取り組みをされているのですから、外部にも積極的に発信して、リーダーシップを発揮してほしいと思います。頑張ってください。