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堀内 啓史Hiroshi Horiuchi

株式会社 明治
研究本部 技術研究所
次世代ものづくり研究部
エキスパート博士(バイオサイエンス)

「常識を覆し、もっとおいしいヨーグルトを作りたい」。そんな研究者の情熱から生まれた革新的な技術「まろやか丹念発酵」は、なめらかな食感とまろやかな風味のヨーグルトを作ることを可能にしました。これら食感や風味は、ブルガリアの伝統的なヨーグルトを再現したものです。

ブルガリアには、素焼きのつぼに温めた牛乳と種菌を加えて発酵させる、昔ながらのヨーグルトがあります。この製法を用いると、素焼きのつぼが牛乳の水分を吸収して濃縮させます。さらに、その水分がつぼの表面から蒸発するときに気化熱を奪い、低温発酵が起こります。できあがったヨーグルトは、なめらかでコクのある味わい。

この味わいを工業的に再現できるのが「まろやか丹念発酵」の技術です。現在は、「明治ブルガリアヨーグルト LB81プレーン 脂肪0」、「明治プロビオヨーグルトR-1 低脂肪」などの製法の一つとして採用されています。ヨーグルトのおいしさを支える技術開発の裏側には、明治の研究者である堀内 啓史の挑戦がありました。

前例なき技術研究への挑戦

堀内がヨーグルトの研究開発に携わり始めたのは、1998年のこと。当時、ヨーグルトの研究には、ある常識があったといいます。それは、プレーンヨーグルトは乳酸菌を変えない限り、味や食感を変えられないということ──。

しかし、「明治ブルガリアヨーグルト」は、すでに商品の機能性を確立し、特定保健用食品に認定されていたため、使用している乳酸菌を変えることはできません。そして、当時の社内では、この同じ菌を使用して新しいヨーグルトのシリーズを展開しようとしていました。だからこそ、研究チームには菌の変更以外で新たな味や食感を生み出すという挑戦的なミッションが課されたのです。

その頃のヨーグルトの研究と言えば、社内外問わず乳酸菌の機能に関する研究が主流でした。そのような中で製造技術を研究・開発し、学術的な領域まで高めることができれば、常識を覆す面白いことができるはずだと思っていました。

予期しない実験結果が端緒に

研究はまず、「明治おいしい牛乳」の技術に着想を得て始まりました。この牛乳は、酸素を取り除いてから殺菌することで独自のおいしさを実現しています。同じように脱酸素した牛乳を使えば、おいしいヨーグルトができるのではないか。そのような発想で実験に取り組みましたが、残念ながらヨーグルトの味はなんら変わりませんでした。しかし一方で「発酵時間」に予期しない変化が見られました。従来よりも速いスピードで発酵が進んだのです。また、その後の実験で、乳酸菌(種菌)を加える直前または直後に酸素を除去する方が、さらに発酵が早まることが分かりました。

予想とは違い、おいしくはなりませんでしたが、新たに発見したこの現象を何かに応用できないか。そこで行き着いたのが低温発酵でした。

通常、ヨーグルトは40度以上の温度で発酵させます。しかし、素焼きのつぼで作られるブルガリアの伝統的なヨーグルトは、もっと低い温度で発酵させることで独特のなめらかさが生まれます。それが低温発酵のおかげだということは従来から分かっていました。しかし、過去に何度も取り組んだものの、低温下では発酵が通常に比べてゆっくりと進むため生産効率が悪く、さらにヨーグルトの塊(カード)が緩くなり輸送に耐えられないため、工業化に成功していませんでした。

そこで、最初から酸素を除去した牛乳を用いれば、低温下でも発酵にかかる時間を短縮することができるのではないか。そのような発想で研究を重ねました。

脱酸素低温発酵法(まろやか丹念発酵)による発酵時間短縮効果

乳酸酸度とは、乳酸菌が生成する乳酸の濃度のこと。ヨーグルトの製造においては乳酸酸度0.4%で固まりはじめ、0.7%になったら完成。

すると、この製法なら生産効率の面で十分に条件を満たすことが分かりました。さらに、予期していませんでしたが、しっかりとした食感を持つヨーグルトを作れる製法だということも分かったのです。

こうして、まるで伝統的な手法で作ったのと同じような、なめらかな食感とコクのある味わいのヨーグルトを工業的に製造できる「まろやか丹念発酵」の技術が完成しました。

発酵中のカード形成時間

開発した技術は、自然の理にかなっていた

「まろやか丹念発酵」は、なぜ発酵時間を短縮することができるのか。研究を進めるにつれて、その疑問が明らかになっていきました。古来からヨーグルト作りに使われているブルガリア菌とサーモフィラス菌が乳に加えられると、お互いの生育を助ける共生作用により、発酵が進んでいきます。

この2つの乳酸菌の働きを詳しく調べていくと、まず、乳中の酸素を除去し、その後で一気に発酵を進める性質があることが分かりました。脱酸素された牛乳を使うことで、この最初の工程を短縮できていたのです。

新たに開発した技術は、ヨーグルトが発祥した何千年も前からある、乳酸菌の共生作用による発酵の働きを手助けする技術でした。

技術を進化させ、さらにおいしく

「まろやか丹念発酵」は、2004年発売の「明治ブルガリアヨーグルトLB81 ドマッシュノ」以降、低脂肪・無脂肪ヨーグルトなど他の商品にも応用されてきました。約20年の間にプレーンヨーグルトのバリエーションが増え、おいしさの面でも進化を遂げてきたのは、堀内の熱意と創意工夫のたまものです。その功績がたたえられ、これまでに数々の賞を受賞してきました。そして、2023年には優れた発明を完成させた研究者・科学者などを顕彰する全国発明表彰において、「発明賞」を受賞しました。

令和5年度全国発明表彰

「まろやか丹念発酵」の技術が初めて適用された商品。

現在、「まろやか丹念発酵」の技術が適用されている商品。

そして2023年、「まろやか丹念発酵」に新たに開発した「くちどけ芳醇ほうじゅん発酵」という製法を上乗せし、約10年ぶりとなる「明治ブルガリアヨーグルトLB81プレーン」のリニューアルを行いました。「くちどけ芳醇発酵」は発酵前の工程に関わる製法で、「超高温殺菌」と「脂肪微細化」を組み合わせることにより、口どけとなめらかさを向上させながら、従来であれば難しいとされていたしっかりとした質感のヨーグルトを作ることを可能にしました。この新技術による工程を経てから「まろやか丹念発酵」を行うことで、プレーンヨーグルトがさらにおいしく進化したのです。

「くちどけ芳醇発酵」は後輩の研究者が開発した技術ですが、シンプルなプレーンヨーグルトをさらに進化させる手段があったことに驚きました。

現在の「明治ブルガリアヨーグルトLB81プレーン」には、「まろやか丹念発酵」と「くちどけ芳醇発酵」の2つの技術が使われています。いずれもヨーグルトの常識を覆す技術といえます。先人の開発した技術にとどまらず、新しい技術の研究を続けてきた熱意ある研究者がいるからこそ、プレーンヨーグルトはもっとおいしく進化を続けているのです。

これら技術の研究は、今後も続いていきます。もしかしたら、10年後にはさらなる技術革新が加わり、プレーンヨーグルトがよりいっそうおいしく進化しているかもしれません。

「まろやか丹念発酵」と「くちどけ芳醇発酵」のメカニズムは、まだ全て解明されていません。研究によって未知の領域を明らかにし、後世に技術をつないでいくこと。それが、堀内の目指す未来です。