小林 杏輔Kyosuke Kobayashi
明治ホールディングス株式会社
ウェルネスサイエンスラボ2G
金 倫基 氏Prof. Yun-Gi Kim, Ph.D.
北里大学薬学部微生物学教室 教授
うつ、慢性心不全、糖尿病──。さまざまな病気は、腸の不調が引き金の一つとなっていることを知っていますか?
人間の体は、口・食道・胃・小腸・大腸・肛門が「ちくわ」のように1本の管となっています。その中でも小腸・大腸は「腸管」と呼ばれ、外界から体内に病原菌や有害物質などの異物が入り込まないよう、関門の役割を果たす「腸管バリア」の機能が備わっています。この機能が低下すると病原菌や有害物質が体内に入り込む「腸もれ」が起こり、血流にのって全身に拡散されることで、さまざまな健康リスクにつながるのです。
明治グループでは、LB81乳酸菌※が腸管バリアを強化する作用について研究しています。研究員の小林と、腸内細菌研究の第一人者として研究の指南役を担う金先生に、これまでの軌跡と今後の展望を聞きました。
──まだ一般的にはあまりなじみのない「腸管バリア」ですが、いつ・どのようなきっかけから、研究が始まったのでしょうか?
小林:明治グループでは、フランスのパスツール研究所とさまざまな共同研究をしてきました。2013年には、LB81乳酸菌を摂取すると腸内で病原細菌を殺菌する抗菌ペプチドが増えることが明らかになり、「明治ブルガリアヨーグルト」の40周年記念イベントで発表しました。そのLB81乳酸菌の作用が、近年注目されている腸管バリアの強化にも貢献すると考えられたため、メカニズムを解明するために明治グループでの研究が始まったのです。
金:私たちの腸には、数百種類・100兆個もの腸内細菌がいます。腸内細菌の構成バランスが整っていると良い代謝物が作られ、腸管バリアの機能を強化してくれるため、私たちは健康を維持することができます。ところが、食生活の乱れや睡眠不足、ストレスなどで腸内細菌の構成が変わると、腸管バリアの機能も低下し、多様な疾患を引き起こす可能性があります。私自身も腸管バリアの機能強化の重要性を認識していたため、明治グループからお話をいただいたときは「ぜひ一緒にやりましょう」とお返事しました。
「腸管バリア」を研究し、LB81乳酸菌がどう作用するかを明らかにできれば、私たちの提供するヨーグルトでより多くの人の健康に貢献できるはず。そんな思いで研究に励んできました。(小林)
小林:私は入社以来、新しいプロバイオティクスを生み出すこと、つまり人の体に良い影響を与える乳酸菌の作用を発見することを目標としてきました。腸管バリアの研究には、2013年のプロジェクト立ち上げから携わっています。当初は1~2人の少人数でしたが、だんだん人数が増えて5~6人のチームになり、2023年の「明治ブルガリアヨーグルト」50周年のタイミングで研究成果を発表することをマイルストーンとして進めてきました。
金:私は、2018年10月からこのプロジェクトに関わっています。定期的な進捗報告会で私の考えを述べたり、データを見ながらディスカッションしたりといった関わり方をしています。私自身の知見を基にしながら、小林さんをはじめ研究員の皆さんと一緒に何ができるかを日々模索しています。
──約10年の研究活動を通して、どのような成果が得られましたか?
小林:LB81乳酸菌には、腸管バリアが持っている3つの機能を強化する働きがあることが分かりました。まず1つ目が、体内に病原菌や有害物質が入り込むのを防ぐ「物理的バリア」を強化する働きです。腸管の表面を覆う上皮細胞は、タイトジャンクションと呼ばれるタンパク質によってそれぞれが隙間なく密着した状態になっています。LB81乳酸菌は、このタイトジャンクションのゆるみを引き締めることで、腸もれを防止するのです。
2つ目は、腸管上皮細胞が病原菌を殺菌する「化学的バリア」を増強する働きです。人の体には、生体防御のために病原菌を攻撃する「抗菌ペプチド」という物質を産生する機能があります。LB81乳酸菌は免疫細胞を活性化させ、抗菌ペプチドの産生を促進することで、化学的バリアの機能を高めます。
3つ目は、腸内細菌や有用な微生物が病原菌を排除し、感染を抑制する「微生物学的バリア」を強化する働きです。食中毒菌の一種であるカンピロバクター菌は腸管上皮細胞に感染しますが、LB81乳酸菌によってそれが抑制されることが明らかになりました。
金:腸管バリアについては、その機能の一部しか解明されておらず、この研究自体がチャレンジングな取り組みといえます。だからこそ、LB81乳酸菌が腸管バリアを強化するメカニズムの一部を明らかにすることができたのは、非常に大きな意義があります。この研究成果は今後、腸管バリアの機能を向上させていくための有益なリソースとなっていくでしょう。
私は研究に関わる中で、研究員の皆さんが真摯にデータを集め、知見を積み重ねていく姿に感銘を受けました。
腸管バリア「3種の機能」
──研究に取り組む中で、苦労したことはありますか?
小林:プロジェクトが発足してから5年くらいは、少人数の研究体制だったこともあり、思うように成果につながらず苦しい思いをしたこともありました。しかし、根気強く取り組むことで、研究の基盤を築くことができたと思います。メンバーが増え、金先生との協力体制ができてからは、ディスカッションしながらスピード感を持って研究を進めることができました。金先生は、豊富な知見やさまざまなご経験をお持ちですので、相談すると的確なアドバイスをいただけて心強かったです。
腸管バリアの分野で、明治グループとともに研究をけん引することができています(金)
金:そもそも明らかにされていないことの多いこの研究では、試行錯誤ばかりで大変だったと思います。さらに、コロナ禍では思うように研究を進められない時期もありました。しかし、一人一人が真摯に取り組むことで、研究のレベルが上がっていったと感じています。これは、研究員の皆さんの情熱のたまものです。
──この研究における今後の目標を教えてください。
小林:これまでの研究によって、LB81乳酸菌に腸管バリアを強化する作用があるということを、細胞レベルで確認することができました。この成果はLB81乳酸菌の新たな健康価値として意義深いものと考えています。今後は、LB81乳酸菌が実際に人でも作用を発揮するのか明らかにし、その作用を普及・啓発することで人々の健康に貢献していきたいです。
金:腸管バリアについては、一般的にまだそれほど知られていませんが、健康を保つために欠かせない機能の一つです。そのため、多くの人々に腸管バリアの重要性を伝えるとともに、LB81乳酸菌による腸管バリア機能の向上に関する知見が蓄積していくことを願っています。明治グループには今後も研究を継続するとともに、腸管バリアを維持するための製品を広く世の中に届けてほしいと思います。