
平 勇人
株式会社ファームノートデーリィプラットフォーム
代表取締役 獣医師

亀田 敦史
明治ホールディングス株式会社
経営企画部 戦略推進グループ長
明治グループは持続可能な酪農の実現に向けて、2023年8月に酪農DX事業を展開する株式会社ファームノートホールディングスに出資しました。温室効果ガス排出量の削減や業界を担う人材の育成など、持続可能な酪農の実現に向けた課題は多くあります。解決に向けた両社の取り組みや将来の酪農に関する展望を、ファームノートデーリィプラットフォームの平社長と、明治ホールディングスの亀田に聞きました。
──ファームノートとはどんな会社なのでしょうか?
平:ファームノートグループは、酪農のDX化を支援する会社として2013年に起業しました。「人も牛も幸せにすること」をミッションに、酪農の生産性向上に役立つ製品やソフトウェアなどを提供しています。その一社で私が社長を務めるファームノートデーリィプラットフォームは、自社牧場を持ち、さまざまな製品やサービスの実証実験を行っています。
亀田: ファームノートが開発したソフトウェアをテストする場が、ファームノートデーリィプラットフォームということですね。
平: そうです。ただ、牧場として独立採算でしっかり利益を出すことも重視しています。業界が抱える課題やニーズを突き詰めるためには、本気で自分たちが牧場経営に取り組む必要があるからです。開始したのは2020年8月ですが、当初からコロナウイルスの流行に巻き込まれて、さらに生産抑制※や子牛の価格低下も起きました。三重苦ともいえる状況からの船出です。今もその影響は残っていますが、何とか黒字化のめどが立ちました。
※新型コロナウイルスの流行後、牛乳や乳製品の需要が大幅に低下したため、生乳廃棄を回避するために生産抑制が行われた。以降、輸入飼料や燃料費の高騰、物価上昇の影響による消費の低迷もあり、農家にとって厳しい経営環境が続いている。


──平さんがファームノートに入社された経緯を教えてください。
平:
入社前は獣医師として家畜診療をする傍ら、牧場業務もやっていました。そのとき、自分で電子カルテのシステムを作ったり、牧場の管理システムに新しい機能をつけたりと、デジタルツールを活用していたので、DXはなじみのあるものでしたし、これからその重要性は高まるとも考えていました。
そこに偶然、ファームノートという会社が酪農業界向けのDX支援をやっていると聞いたんです。本当に素晴らしいと思い、応援のメールを送ってみると、返信があり、あれよあれよという間に入社することになりました。
亀田: 自分でシステムを作るというのはすごいですね。獣医師は、こういったテクノロジーに敏感なのでしょうか。
平: 最近は少しずつ増えてはいますが、それでも多くはないと思います。私は獣医師としては、今でも相当変わっているとは思います。


──明治グループがファームノートに出資した経緯を教えてください。
亀田:明治グループが酪農のGHG排出量削減に取り組もうとした際に、実証実験の場となる牧場がないため、協力してもらえる会社を探していました。そのうちの一社として出会ったのですが、最初に話を聞いたときの印象は、良い意味で「変な会社」です。


平:変な会社というのは、よく言われます。私はもともと獣医師をしていたので酪農とも関係がありましたが、ファームノートの創業者はソフトウェア業界の出身ですし、バックグラウンドに酪農や畜産があるという社員の方が少数派です。
亀田: 「新しい酪農DX」を実現する上で、これまでにない視点で切り込んでくれそうで、面白い会社だと思いましたね。それに、メンバー全員からこれからの酪農業界をより良い場所にしていくという熱意が感じられました。出資前に、ファームノートのソフトウェアを導入しているユーザーの方にもお話を伺ったのですが、「要望をきちんと聞いてくれて、改良のスピードも早い。信頼できる」と高評価でしたので、これはぜひ出資しよう、という話になりました。
──これから、明治グループとファームノートは、酪農における温室効果ガス削減にどう向き合っていくのでしょうか。

亀田:
酪農で排出される温室効果ガスはさまざまですが、明治グループが最初に着手したのはふん尿に含まれる一酸化二窒素の削減です。味の素株式会社と協業して、同社が開発した乳牛用リジン製剤「AjiPro®-L」を使用することで、削減が可能になりました。
ただ、酪農の温室効果ガス削減で最大の課題は、牛のゲップから排出されるメタンです。
メタンは二酸化炭素の約25倍もの温室効果があるといわれており、牛のゲップ由来のメタンは、全世界における温室効果ガス総排出量の約4~5%(CO2換算)を占めると推定されています。
そこで、今後は牛の呼気から出るメタンの排出量を削減する飼料の検討も明治グループとして進めていく予定です。
平: ファームノートでは、メタン排出量を測定するセンサーを現場に実装しています。ハードウェアにも知見があり、フィールドエンジニアと牧場のメンバーで議論と実験を重ねて、2カ月でソフトウェアを完成させました。どのように機器を設置するか、どうすれば計測できるかといったアイデアがどんどん出てきて、みるみるうちに完成しましたね。メンバー全員が「環境課題の解決に貢献できる」と高いモチベーションを持って取り組んでいました。
亀田: ソフトウェアが完成するまでのスピードには驚かされました。また、ファームノートの熱意にも感心しました。これらの取り組みは、新たなプロジェクトとして、今後期待が持てる領域だと思います。
──経営環境が厳しい中でも、酪農における環境課題に取り組まれているのはなぜでしょうか。
平: 従来のままでは、酪農が生き残ることはできないと思ったからです。これまでは現場で愛情を込めて育てた牛から生産した生乳は全て買い取ってもらえるのが当たり前という素晴らしい仕組みだったのですが、生産抑制がかかったことで、この仕組みが立ち行かなくなった。この状況に直面して、このままの仕組みでよいのか、生産者が果たすべき責任は何かを考えたんです。
そして、これからは消費者・社会が求めるものを作らないといけない、と思いました。(平)
平: おいしくて安全で、環境に配慮した牛乳です。生産抑制をきっかけに、環境に配慮した生産体制の構築を進めました。出資してもらえたことで、自分たちの考えは社会にとっても重要なんだと改めて実感できましたね。


──これからの酪農の在り方について、お二人の考えを教えてください。
亀田: 将来酪農をやってみたいと思える人を増やしていくことが何よりも大事だと思います。ファームノートとは、2社間だけでなく他のパートナーも巻き込んだプロジェクトも進めています。例えば、農業高校の生徒たちにチーズ作りを教えるイベントも開催しました。今学んでいることが将来どうつながるかを伝えることで、1人でも多く、酪農を仕事の選択肢として考えてもらえたらと思います。


平: そうですね。明治グループとのプロジェクトで、もっと生産者と消費者をつなげていきたいと考えています。生産者と消費者には物理的にも心理的にも距離があるのが現状です。酪農が生き残るためには、まず生産者側の意識を変えていくべきだと思うんです。お互いの距離を縮める第一歩として、まずは今まで以上に、生産者が消費者に受け入れられる製品を作ることが大切だと感じています。
亀田: 海外では消費者側が環境配慮製品を優先して買うといった意識が浸透していますが、日本はまだそこまでいっていません。
まずは、生産者が消費者に受け入れられる製品を作ることで、酪農をサステナブルで、かつ収益も上げられるビジネスとして成立させていくことが大事だと思います。(亀田)
平: ファームノートは、これまで生産者のためのビジネスを展開してきました。今はそういったプロの方々の生産性や収益力の向上を支援しています。しかし、今やっているビジネスを突き詰めていけば、酪農自体の参入ハードルを下げることにもつながると思うんです。酪農や農業をより身近に、興味を持った人が参画しやすいものにしていく。その礎をつくっていきたいと思います。
