明治のサステナブルカカオを語る上で欠かせないのは、メイジ・カカオ・サポートの発起人である土居恵規の存在。カカオ農家とカカオ豆の未来のためにどんな思いで活動を始め、長きにわたり支援を続けてきたのか。その経緯や思いを聞きました。
メイジ・カカオ・サポート(以下、MCS)を始めたきっかけは、カカオ豆の品質調査のためのガーナ訪問でした。現地で実感したのは、決して楽ではないカカオ農家の生活。農地に不可欠な水を供給する灌漑(かんがい)の設備がないばかりか、生活の基盤となる水道や電気、ガス、道路などの基本的なインフラも整っておらず、サステナブルとは程遠い状況だったのです。このままではカカオの生産は安定しないし、我々もチョコレートをつくることが出来なくなるかもしれないという不安を強く感じました。そして、このガーナ訪問を契機に、カカオ豆からチョコレートを一貫生産し、販売する企業として、カカオ農家への支援を行いながら長期的によい関係を築く必要があると考えたのです。
帰国してから産地の実情を社内で説明し、農家支援の必要性を訴えてみたところ、「じゃ、やってみたら?」と。それで翌年の2006年にMCSがスタートしたのです。当時はSDGsの前身であるMDGsもほとんど知られていませんでしたが、長く続くことになる活動の始まりは意外にもそんな感じでした。
最初に行ったのは、村の人たちが一番必要としていた井戸の寄贈。ガーナでの水道普及率はまだまだ低く、生活用水を得るために数キロ離れた川まで水をくみに行くのが日課となっていたのです。しかも、それは主に女性や子供たちの仕事で、1日に何度も往復しているとのこと。この状況を改善したいと思い、井戸を掘ることに決めました。
ところが、工事が始まったという知らせは入らないし、完成したという報告もなかなか来ないのです。ガーナではとてもゆったりと時間が流れているように思います。一つのことを決めて実行しようとしても、日本で考えるようにスケジュール通りには進みません。最初は戸惑うことも多かったのですが、やはり「郷に入っては郷に従え」で、いつしか現地の時間軸とやり方を受け入れていきました。井戸は1年がかりでなんとか完成し、寄贈することができました。お披露目式が村人総出で開催されましたが、最初に水をくみ出した時には大きな歓声が上がり、その場の光景は今でも目に焼き付いています。
ガーナで井戸を作ったことなどが村から評価されて、私はその村の開発チーフ、つまり開発責任者に任命されました。金のブレスレットや指輪、そしてカラフルな民族衣装は、そのチーフの証として授かったものです。ガーナでは、チーフは伝統的首長として人々の尊敬を集める存在ですが、その一方で責任も重大です。私もチーフのひとりとして、村の発展に貢献していかなければならない立場になったわけです。
その後、マラリア感染を防ぐための蚊帳、カカオの苗木、肥料や農薬といった農業資材の寄付、栽培技術指導なども行いました。教育インフラの整備という観点では、日本のODA(政府開発援助)を活用して小学校の建設を働きかけ、多くの方々の協力を得て2013年に開校することができました。
また、教員が不足しているとも聞き、子供たちに絵の具やクレヨンを使ってカカオをテーマに絵を描いてもらう「アートクラス」や、自分の村で収穫されたカカオを使ってチョコレートを作る「手づくりチョコレートクラス」を開講しました。子供たちにとってはどれも初めての経験ですが、みんなとても楽しそうに手を動かしています。彼らの親の大半はカカオ農家なので、多くの子供たちは家業を継ぐことになるはずです。いずれ自分が育て生活の糧となるカカオについて、より興味をもって欲しいと思い始めたクラスです。子供たちの笑顔を見ることが出来ただけでなく、大人たちからも「ぜひ続けてくれ」と言われたことは、とてもうれしかったです。このように、村の将来あるいは国の未来を担う子供たちを少しでも応援できるとすれば、開発チーフとしての責任を多少なりとも果たすことになるのではと思います。
当初は村のコミュニティのための支援が中心だったガーナでのMCS。次第に農家の収入増加に直接つながる活動が求められるようになり、栽培技術指導や営農指導といった内容が中心となっていきます。彼らの多くは、先祖代々受け継いできた農園で昔ながらの方法でカカオを育てているため、生産性が低いままでした。充分な収入が得られなければ、カカオ農業をビジネスとして続けていくのが難しくなり、転作や土地売却にもつながりかねません。この状況を改善しなければ、カカオの安定的な生産は見込めないのです。
農家には少しでもたくさんのカカオ豆を収穫したいという思いがあるので、大半の農園では剪定をせずにカカオを栽培していました。しかし、それでは農園全体に湿気が溜まり病気やカビが発生しやすく、生育状態も悪くなるので、結果的に収穫量は減り品質も悪くなってしまいます。そこで私たちは、剪定作業の有無による収穫量の違いを比較するためのモデル農園をつくり、それを近隣の農家に定期的に集まって見てもらうことにしました。こうして実際に自分の目で効果を確認して納得してもらうことで、剪定をしようという農家が増えてきました。
ガーナ訪問をきっかけとして始まったMCSは、現在ではベネズエラ、エクアドルなど世界9カ国に広がっています。国や地域によって農家の状況は異なりニーズもさまざまなので、支援の内容も多岐にわたります。モノの寄付や生産性向上のための活動だけでなく、当社研究所スタッフによる独自の発酵技術指導、希少種の保存活動など、明治ならではの支援も展開しています。
MCSを始めてから、15年以上が経ちました。栽培技術指導を含む生産性向上のための支援も行ってきましたが、カカオ豆の生産量は天候に左右されますし、農園の手入れの仕方でも変わるので、支援の効果を数字で測ることは簡単ではありません。とは言え、苗木、肥料、農薬といった資材の提供はとても有効な支援ですし、生産量についても適切な管理を行えば単収が2割ほど増えるといった結果も出ています。
各産地のニーズに合わせてさまざまな支援を続けてきましたが、まだまだ十分ではありません。特に西アフリカで深刻な問題となっているのが、カカオに関わる児童労働と森林減少です。どちらも貧困が原因のひとつとされ、一企業の力では到底解決できるものではありません。業界、政府、関係機関らが力を合わせて取り組んでいますが、抜本的な解決には至っていません。
カカオ産業の中で最も弱い立場に置かれているのがサプライチェーンの上流にいるカカオ農家の皆さんです。カカオを生産する農家からチョコレートを食べる消費者に至るまで、それぞれの段階で付加した価値に見合う利益を得る、あるいは対価を支払うということがサステナブルなカカオ産業の確立に繋がると私は考えています。それは当たり前のことだと思いますが、残念ながら現在の経済の仕組みでは実現は難しいと言わざるを得ません。原料や製品、サービスを価値に見合った適正な価格で購入する、あるいは購入してもらうために、その価値を理解すること、理解してもらうことが必要で、そのための努力はまだまだ不足していると感じています。
私たちは、カカオでつながるすべてのひとを笑顔にしたいという思いでMCSを進めてきました。カカオはそういう力を持った「神様の食べもの」だと思います。
新型コロナウイルスの影響で今は海外には行くことが出来ませんが、オンラインで産地とは繋がっていますし、支援活動も継続しています。とは言え、少しでも早く以前のように産地に行って、農家の皆さんとおしゃべりしながら農園を歩きたいものです。もちろん、私が次に行くところ、いや帰るべきところはガーナです。
- 絆を築いた人。
- 土居恵規(どい・よしのり)
2005年に初めてガーナを訪問し、カカオ農家支援の必要性を痛感して社内に働きかけ翌年にメイジ・カカオ・サポートを開始。以後、世界各地における支援活動内容の立案と実践を担当し、現在に至る。2009年にはガーナ西部にあるアセラワディ村から正式に開発チーフに任命され、現在も同地での活動を継続。